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社会保障の実態

「石田てつお」が、本物の政治家になれるのは

理由一、孫がいる。
理由二、介護する老母がいる。
理由三、会社経営、税理士、
商店街理事長、など社会経験が豊富。

つまり、全てに実態があると言う事です。

他候補が及ばない、及べない(時間は買えない)現実です。

次の維新塾の講義テーマは社会保障。

写真は母が入院中の病院の一場面です。

介護をしている方、した経験をお持ちの方ならお分かりだと思います。
「たいへん」です。

誰でも老親がいれば、大切にしたい、元に戻って欲しいと思います。
でも実際は、子育てとは違います。

日本国憲法第25条においては社会保障が以下のように記され、生存権の根拠とされています。

一、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
二、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

これはこの通りなのですが、介護をしていますと
この立派な理念など出てきません。

社会保障費の事なども政治家志望の小生としては、頭をよぎります。

先には、胃ろう
(PEGは、内視鏡(胃カメラ)を使って「おなかに小さな口」
をつくる手術です。つくられたおなかの口を「胃ろう」とい
い取り付けられた器具を「胃ろうカテーテル」といいます。
(カテーテル⇒管・チューブのこと)

などをお医者様から求められ、
人間としての「尊厳」を考えなければならない場面が待ち構えているかも
知れません。・・・

政治は「ゆりかごから墓場まで」をある種の哲学と覚悟をもって
実践しなければならない修羅場であるべきです。

大阪維新塾受験生とみんなの党政治塾

大阪維新塾の受験生としての3回目の講義が昨日有りました。

みんなの党の政治塾も勿論受講しています。

他に、税理士の研修会にも当然参加しています。

何の為?

勿論、国民の負託に答える為の学習です。

偉そうなことを言いましたが、行けば行くほど自身の知識な無さに気付かされる毎日です。

質問タイムが有りますが、皆さん良く勉強されていると思われる内容ばかりです。

負けぬよう頑張ります!

一方、見方を変えれば、
国を憂いている方、詰まり、「同志」がたくさんおられるのに元気づけられます。

改革は一人では出来ません。
「みんな」で行わなければ、実現しません。

最高の街頭宣伝車と最高の助っ人

みんなの党本部から、スケルトンの街宣車が、運転手付きで届きました。

運転手と申しましても、本部事務局の石井さんと小村さんです。

有り難かったです。

四条通を中心に街宣。
調子が出てきた頃に終わりました。
残念!

市民・府民の皆様にうったえた事は、次の4点。

(1) みんなの党の石田てつおです。
明治維新の舞台であった
この京都から国の形を変える維新を、興しましょう。

(2) みんなの党の石田てつおです。
日本を変える維新は一人では出来ません。
みなさんお一人、お一人の力が必要です。
一緒に、「みんなの維新」を興しましょう。

(3) 石田てつおです。「脱官僚」
「地域主権」「生活重視」のみんなの党にご期待下さい。
京都4区「みんなの維新」をかかげる
石田てつお、石田てつおです。

(4) 民主でも自民でもない第3の選択。
みんなの党の石田てつおです。
大阪維新の橋下市長と一緒に「みんなの維新」で日本を変えます。
石田てつお、石田てつおです。
_______________

もっともっとやりたかったです・・・
石井さん、小村さんと再会を約してサヨナラしました。

ところで、このスケルトン街宣車、欲しいな~。

ユネスコ、世界文化遺産祇園祭り

石田てつお 50年以上ユネスコ文化遺産、
又、国の重要無形文化財の祇園祭に奉仕させて戴いております。

遺産という言葉が大嫌いです。
先輩から、受け継いだ伝統は遺産では有りません。
後輩にも、教授しております。

我々は、京都の「町衆」。
他の政治家に私の真似が出来ますか。

やれるものならやってみろ!

50年以上、京都の伝統を守ってきた候補などおりません。
民主・自民・公明・共産・その他、どの対立候補も無理。

京都を知り、京都を愛し、京都に生まれて、育って良かったと感じている候補。
それを、伝えることの出来る候補。

京都の町衆の衆議院候補は、
「石田てつお」 しかいないのです。

誇りの堀川高校、104回同窓会

この場面分かります?

門川京都市長と謂えども、我々の同窓生。
昭和25年に生まれた仲間です。

私が、みんなの党、4区の支部長。
彼は少し早く、教育長から市長にさせて頂きました。
現役時代の話は、秘密。

堀川同窓会の顔は会長。
そう、市田ひろみです。

しかし、会長を支える副会長も多彩です。

■林 道子 堀川高女、昭和18年卒。林元(株)、会長
■山口富蔵 堀高、昭和30年卒。(株)末富社長
■平井義久 堀高、昭和38年卒。京つけもの西利、会長
■増田正蔵 堀高、昭和41年卒。(株)京都新聞社、会長
■石田哲雄 堀高、昭和44年卒。(株」石さん、税理士、小生

どうです。

加えて、現役の堀川高校の面々。
堀川賞の受賞者です。
東大、京大は当たり前。
男性2人は京大にGO!
女性は、浪人して初志貫徹。
正直、我々の時代は京大に7人でした。
それが今は、ケタが違う進学率を誇ります。

一流大学に行ったからどうだ、何なんだ、
と言われる方もおられるかも知れませんが、
正直、先輩の我々は、理屈抜きで嬉しいだけです。

藤蔭名取の祝舞。同級生です。

仲間。門川も同じです。

これからの歴史に、私が、みんなの党、次期衆議院議員として、堀川に足跡を刻みたいと思います。

個人の名誉ではなく、日本国・日本人に尽くした
京都市立堀川高等学校卒業生の一員として。

みんなの党が創業より提唱する地域主権型道州制。先に唱えている方々のお一人です

日本商工会議所の会頭を長らくされて、マル経融資の創設等で中小企業の発展に貢献された故永野重雄翁の書かれた私の人生体験と経営理念を副題として
「君は夜逃げしたことがあるか」を一気に読みました。

 

いやあ面白く、感銘しました。
「周囲の人びとに信頼され共感を得ることなくしては、どんな仕事も成就するものではない。

 当の本人が「情熱と誠意」を持って
 全力投球することは勿論であるが- – – 。

明年、大阪で開かれる万博博を記念し国家事業として、勇断を持って道州制に移行する事を提唱したい。
北から北海道、東北州、関東州、中部州、近畿州、中国州、四国州、九州と呼称し、広域行政を敷くことに主眼がある。

いわば昭和の「廃藩置県」と考えて貰えばよい。
現行の府県制が実施されたのは明治4年であり、翌5年に新橋と横浜間の鉄道が開通した。

それ以前の交通機関は駕籠(かご)、馬、人間の足しかなかった。

昔の藩の範囲は大体人間の足で歩いて人間の足で歩いて一日の行程であった。

中略

今では新幹線で東京から大阪まで3時間、
ジェット機なら東京から九州まで1時間で行ってしまう。

交通機関だけでなく政治、経済、社会、文化、風俗まで大きく近代化して変貌を遂げているのに、
ひとり府県制だけが百余年経った今日まで変わっていない。

そのために、あらゆる面で不合理と矛盾が表面化しているのが実情である。

私は近畿州をつくってみたらよいと思っている。

大阪はビジネス都市、奈良、京都はベッドタウンにすれば理想的な州が出来る。
こういうものは一つ良い先例が出来れば他州もすぐ追随するものだ。

大阪万博と言えば、私が20歳。1970年昭和45年の出来事ですから、
本書は1969年、今から43年も前に提言されてます。

橋下徹市長のリーダーシップで大阪都が実現し、関西州に発展するのを願っています。 

世界ベスト10に入る大阪都に住みたいものです。
でも、やっぱり住むのは、京都かな。

桂 小五郎

今日は京都を元気にする元気な企業の集まり「京都元気クラブ」に理事として出席しました。

元気クラブがどのような組織であるかは、HPをご覧ください。
不動産業のエリッツ、槙野社長の下に多くの企業が参集しております。

「京都元気クラブ -京都と街と生活者を応援する企業団体-」
http://www.kyoto-genki.jp/

今日の集合場所は、会員の京都市役所横の「ダブリン」。イングリッシュスタイルの素敵なパブです。

時間が有ったので、日ごろの罪滅ぼしの意味も込めて、河原町御池のホテルオークラにお惣菜を購入する為入りました。

その時にきずきました。
このオークラの地に有ったのは長州藩京都屋敷。

桂 小五郎、木戸考允が、ここにいたのです。

彼らが抱いたのは「中央集権国家」当然です。
欧米列強の侵略から日本国を守るには、中央集権しかなかったのです。

しかし、今日、日本を守るのは、地域主権型道州制しか有りません。

東京から、権限・財源・人間を移譲して地方から、日本国に活力を与える。
長州とは逆の発想です。

民主党・自民党、去って下さい。

みんなの党がやります。
私の孫のため、イヤ、この国の孫のためにやります。

景気を回復します。
円安、株高、空洞化阻止、雇用回復、税収アップ。
王道を行きます。

この国を洗濯します。
任せて下さい。
実績が有る、団塊の世代の石田てつおに。

深~い、はなし

実は、深い話があるのです。

深い話その[1]

昨日の武田先生の講演のオチは以下のような話です。

先生のご専門は、化石燃料の中の「石炭」であります。
以下の文章の主は宇部興産の創業者、渡辺祐策氏であります。
同じ石炭でも宇部と夕張の違いは何であったのか?
先ずは、お読みください。

渡辺祐策

「資源は節約すべきだろうか?」

こう聞くと誰もが「節約すべき」と答える。でも、この回答には歴史的な模範解答がある。

 明治30年、山口県宇部の渡辺祐策は沖ノ山炭鉱を開いた。一般的には宇部の炭鉱として知られているものであり、海岸線を少し陸地に入ったところに抗口があり、陸地から徐々に海底の方に掘り進んだ。

 日清・日露戦争まえのことである。長い鎖国政策から世界に開かれた日本は絶え間なくかかるヨーロッパやアメリカからの外圧と戦い、必死で独立国の道を築いていた頃だ。

 列強との戦いはやがて太平洋戦争にとつながるが、もしどこかで戦いを緩めたら日本は植民地になっていただろうから、今の日本の繁栄も考えられない。

 まだ石油の利用が始まる前だったから、エネルギーと言えば石炭であり、幸いに日本には九州、北海道を中心として地下ではあるが石炭が埋蔵されていたので、それを掘り出してエネルギー源としていた。

 渡辺祐策が宇部で沖ノ山炭鉱を開いたのはその頃だったのである。努力家の彼は小学校から師範学校へと進もうとしたが幼年で両親を失った彼は十分な教育を受けることができないままに仕事についた。

  でも生来、立派な人物だったのだろう。炭鉱を開き、住民を参加させ、そして次の重要な思想を築いた(文章や用語は明治時代の物であるため、私が少し変えている。)

・・・石炭は有限のものだ。掘っていればやがては尽きる。だから、石炭を節約するのではなく、石炭がある間に、その富で無限の技術に転換しなければならない・・・

 

「有限から無限へ」

それこそが「子孫に残すべきもの」であると彼は考えた。

 現代、石油の枯渇が迫ってくると「資源を節約しよう」との大合唱が聞こえる。でも、あと50年の資源を一割節約しても、枯渇するのが5年、遅くなるだけだ。

 時代は「節約」では拓かれない。むしろ祐策が考えたように、資源を節約せずに使い、次の時代のものを創造していくことこそ「人間としての考え方」なのだろう。

 人間の文化や科学は一所に止まっていることはない。100年前には自動車も航空機も、もちろんパソコンもなかったように、たった100年でも様変わりするのが人間社会である。

 そして、考え方の相違による結果は明らかであった。

節約や補助金に目を向けた九州の炭鉱、北海道の夕張などの町はすでにその輝きを失っているが、宇部は見事に「有限から無限」への転換に成功し、現在でも宇部の市民は繁栄している。

模範解答は「節約」ではなく、「活用」なのである。

「子孫に残すもの」とは現在の私たちが使っている資源そのものではなく、その資源を使って人間の知恵で生み出された次世代のものなのである。

 私は「もったいない」も「愛用品の五原則」でも、節約を訴えているのではない。感謝する心がもったいないであり、愛する品々で囲まれた生活が愛用品の五原則だ。節約はその結果として表れてくるもので、行動の目的ではない。

 社会の舵取りは「常識」では失敗する。むしろよくよく考え、一見してその社会では非常識と思われることこそ、私たちの子供の繁栄を約束する。

(平成20年4月16日 執筆)

武田邦彦

http://takedanet.com/2008/04/post_e045.html より引用

どうでしょう。残すものが何であるのか?
平たく言えば、売れるものは売って、それを子孫のために再投資しなければならないと渡辺翁は仰っておられるのです。
結果、宇部は石炭を売ったお金を、化学産業に回し、宇部興産が出来ました。
補助金に頼った夕張は・・・
多くの雇用と繁栄が山口の宇部の子孫に残されました。

深いはなしその[2]

三宮の井坂支部長主催のみんなの政治塾 In Kobeからの帰路、自宅までは、阪急電車でした。
三宮から十三までは、空いていましたが、十三からは満席でした。

実は小生、体重がオーバーで膝を痛めておりました。
(選挙選までには完治させます)

茨木を過ぎたあたりで、突然、寝ていた若い女性が席を代わってくれたのです。

私を、年輩者と思っての行動であったと思います。

心鏡は複雑でしたが、先の事情も有り、有り難く、好意をお受けしました。
前には、その方と同じくらいの女性2人がぺちゃくちゃ。私よりも年輩の方が、前に居られるのにです。
降車駅の桂で、思わず、しかし目立たないように、まだ、たち続けていた女性に、みんなの党の名刺を渡し、何か困った事があったら言ってきて下さいと申しました。

石田てつお が他の候補と大きく違う点の

一つは、孫が居る事。
こんなに素敵な日本人の子孫のために尽くさなくて、どうしますか。
ますます、ファイトが出てきました。
・・・処で、彼女は「美人」でした。

間違いだらけの環境問題

税理士会の勉強会に行ってきました。
講師はあの 武田邦彦 先生。

実際にお話を伺うと、言っておられる事が特に不思議だとは、思いませんでした。

イヤむしろ先生の方が正しいのではないかと思えてきました。

原発推進派であった先生が、反対になられた理由は、核の廃棄物のトイレが無い。

つまり、
最終の廃棄物の貯蔵施設も無いのになぜ発電所(電気)だけ作るのか?

これではまるで、子供であると。
使うだけ使って後始末をしない。

こんなバカげた事をしていては行けない。
しかも、原発は、アメリカの設計図が元になっており、地震や津波が無い国の設計図で出来た原発を、日本にそのまま持ってきて、事故が起こらない筈がない。

一例を上げると、発電設備はみんな地下に設計されている。

疑問に思った教授が、
官僚に「なぜ3階に移さないのですか?」
と尋ねられた答えが、

「今まで、安全だったから」
・・・
ここでも官僚、役人の登場です。

温暖化の原因はCO2 ではありません。気温が上って南極や北極の氷が解ける。

とんでもない。南極の気温は、マイナス35℃。
氷の融点は0℃。解ける筈が無い。

それよりも、地球規模の気候の循環で、
そのうち氷期がやって来た時に備えて、
CO2を、むしろ出すべきである。

アメリカや中国は一切斟酌せずに化石燃料を使っている。日本だけが、貧乏くじを引いては行けない。
子供や孫のために。

多くの日本人がいつの間にか、洗脳されているのかも知れないと思うようになりました。
新聞やNHKから。

今後は私も常に聞こうと思います。
「なぜ、そうだと言えるのですか?」と。

武田先生とは友人になりました。
選挙も応援して下さるそうです。
リップサービスだと思いますけど。

昨日は、みんなの政治塾 IN Kobe

みんなの党の政調会長でありNHKの日曜討論でおなじみの浅尾慶一郎衆議院議員を講師に招いての神戸塾でした。

浅尾議員は元々は若手大臣候補として
期待されていながらも、民主党に猛烈な追い風の吹いた2009年の “政権交代” 選挙を前に、
自身の選挙の不利を承知で、あえて民主党を離党した「覚悟の政治家」です。

労働組合に依存する民主党の体質に危機感を持ち、当時から政権交代の先にある政界再編を見据えていた先見の明のある方です。

講演のテーマは「税と社会保障の将来ビジョン」

中身は濃いものでした。

デフレ脱却して景気を良くする。
方法は、マクロ経済がいうところの、お札を刷ってインフレターゲットを3~4%に設定し
円安、株高に・・・
最高に良かったのは、減価償却の耐用年数を経営者に判断させようとの提案でした。

これだけでも、景気は良くなります。

神戸恒例の駅前での街頭演説

そのあとは、神戸恒例の駅前での街頭演説。私も近い内に行う予定ですから、大変参考になりました。

サア、やるぞ! 神戸に京都は負けていられません。

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